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大阪地方裁判所 昭和53年(行ウ)24号 判決 1979年8月31日

原告 岡本迪治

被告 八尾税務署長

訴訟代理人 坂本由喜子 中村治 ほか二名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告がした原告の昭和四七年分ないし昭和四九年分所得税についての各更正処分のうち、それぞれ総所得金額三〇万九四九三円、三八万三五一五円、九二万一七六五円を超える部分及び右各年分の過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は金融業及び保険代理業を営む者であるが、昭和四七年分ないし昭和四九年分の各所得税について、被告に対し、各確定申告期限までに、青色申告により、別表1各確定申告欄記載のとおり確定申告をしたが、被告は原告に対し、昭和五一年三月一〇日付で右各年分の所得税について、別表1各更正欄記載のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。そこで、原告は被告に対し、昭和五一年五月四日付で異議申立てをしたが、被告は、同年八月三日付でいずれも棄却する旨の異議決定をした。原告はさらに国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、同五二年一二月一六日付で別表1各裁決欄記載のとおり裁決をし、右裁決書の謄本は、同五三年一月一九日原告に送達された。

2  被告の本件各更正処分は、所得税基本通達五一-一八、五一-一九又は五一-二一(五一-一一(3)(イ)(ロ))に該当するにもかかわらず原告の必要経費の一部を否認し、原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  よつて、原告は被告に対し、本件各更正処分のうち原告の各確定申告額を超える部分及び本件各過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

1  原告の昭和四七年分総所得金額は別表1四七年分更正欄に、同四八年分、同四九年分総所得金額は別表1四八年分、四九年分各裁決欄に記載のとおりであり、右各年分の事業所得の計算過程は別表2ないし4の各被告主張額欄に記載のとおりである。

2(一)  原告は、訴外旭印刷(橋本進)及び橋本印刷(橋本富弘)に対する貸付金の一部を債権償却特別勘定に繰入れ、右各年分の所得の計算上必要経費に算入した。

(二)  原告の右繰入額は、右各年分の所得の計算上必要経費に算入できないので、被告はこれを否認し、これに伴い翌年分の債権償却特別勘定繰戻額を調整したものである。

3(一)  税務行政は、租税法律主義の原則に基づき行われることになつているが、現に存する法律のみでは変転し、かつ複雑な社会経済事象に十分対応できず、また法律の内容が常に一義的に明白でないためその解釈、適用において各納税者間に差異が生じるおそれのある場合があるため、税務通達を定めることによつて、時代の趨勢に合つた客観性のある合理的な行政をし、個々の具体的な事案に合つた妥当な処理をし、更に各納税者間の租税負担の公平や税務行政の統一を図ることができる。所得税基本通達五一-一八等(以下本件通達という。その内容は別紙記載のとおり。)も、右に述べた十分に合理的な理由により定められ、その有効性は国民によつて受容されているところ、本件通達は、所得税法五一条二項の要件を緩和して納税者を有利に取扱うものであるから、本件通達の定める要件に該当しないかぎり、本件通達の適用を受けることはできない。

(二)  所得税基本通達五一-一八(以下単に五一-一八といい、他の通達についても同様に略称する)について

(1) 形式的要件

五一-一八があらかじめ税務署長の認定を受けることを要件と定めたのは、納税者の恣意的な貸倒れ処理を防止するためであるが、原告は、被告の認定を申請しなかつた。

(2) 実質的要件

旭印刷及び橋本印刷は、本件係争年分の所得について、好況とはいえないまでもそれぞれ黒字申告をしており、とりわけ、旭印刷は、原告の主張においても本件係争年において毎年約九〇〇万円の実質的返済をしているから、一応順調に経営活動をしていたものであつて、「債務者につき、債務超過の状態が相当期間継続し、事業好転の見通しがないこと」との要件に該当しない。

(三)  五一-一九、五一-二一(五一-一一(3)(イ)(ロ))について

五一-一九、五一-二一は、何人によつても客観的に明確に把握でき、かつ、その内容が十分に合理性を持つ場合を要件として定めているところ、旭印刷及び橋本印刷には五一-一九、五一-二一に該当する事由は生じていない。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1のうち、昭和四七年分ないし昭和四九年分の各その他の事業所得及び給与所得は認める。右各年分の事業所得についての認否は別表2ないし4の各原告の認否、主張欄記載のとおりである。

2  同2(一)は認め、同2(二)は争う。

3  同3(一)は争う。同3(二)(1)のうち原告が被告の認定を申請しなかつたことは認める。同3(二)(2)のうち原告が旭印刷から本件係争年において毎年約九〇〇万円の実質的返済を受けたことは認め、その余は争う。同3(三)は認める。

4(一)  本件通達は、あくまで通達であり、法律、命令ではないから、所得税基本通達前文に則り、「法令の規定の趣旨、制度の背景のみならず、条理、社会通念をも勘案しつつ、個々の具体的事案に妥当する処理を図るよう」解釈されなければならないところ、形式的要件に該当しないとの理由で必要経費に算入できないならば、通達が法律の解釈指針という域を越え、それ自体法律又は委任命令としての実質を有することになり、租税法律主義の原則に反することになる。所得税法五一条二項の立法趣旨、債権償却特別勘定を設けた本件通達の趣旨によれば、税務署長の認定や債権者集会という形式的要件に該当しない場合においても、「債務者につき、債務超過の状態が相当期間継続し、事業好転の見通しがないこと」との要件に該当すれば、貸付金の一部の債権償却特別勘定への繰入れ、必要経費への算入を認めるべきである。

(二)  旭印刷及び橋本印刷は、昭和四七年当時多額の債務を負担し、債務超過の状態が相当期間継続し、事業好転の見通しはなかつた。特に、原告の旭印刷に対する貸付金残額は別表5記載のとおりであるが、実質回収額は同表(ロ)欄かつこ内の金額にすぎず、また、旭印刷の資産は印刷機械四台及びその付属設備、自動車二台のみであつて、強制執行により競売しても五〇〇ないし六〇〇万円の価値しかなく、旭印刷の任意の分割弁済に期待せざるをえない状態である。

(三)  原告と旭印刷、橋本印刷間には、債権の事実上のたな上げ、年賦償還の合意があつたが、旭印刷及び橋本印刷に対する債権者は、事実上原告のみであり、債権者集会を開催して協議決定を行いうる状態ではなかつた。

第三証拠<省略>

理由

一  争点

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。被告の主張1のうち、昭和四七年分ないし昭和四九年分の各その他の事業所得及び給与所得については当事者間に争いがなく、右各年分の事業所得については、昭和四七年分ないし昭和四九年分の債権償却特別勘定繰入額及び昭和四八、四九年分の債権償却特別勘定繰戻額を除き、当事者間に争いがない。さらに、被告の主張2(一)の事実も当事者間に争いがない。よつて、本件の争点は、原告の訴外旭印刷及び橋本印刷に対する貸付金の一部を債権償却特別勘定に繰入れ、所得の計算上必要経費に算入できるかという点のみである。

二1  本件通達の性質

本件通達は、所得税法五一条二項の貸倒れの要件を緩和し、右貸倒れに該当しない場合においても、将来の回収不能の確定を予想させる一定の事由が発生した場合、債権のうちの一定額を債権償却特別勘定に繰入れ、所得の計算上必要経費に算入することを認めたものである。

2  五一-一八について

五一-一八の「あらかじめ税務署長の認定を受けること」との要件は、右通達が「債務者につき、債務超過の状態が相当期間継続し、事業好転の見通しがないこと」という一義的でない要件を定めていることによつて生ずることの予想される納税者の恣意的な必要経費算入を防止することを目的として定められたものであつて、正当な目的を有する合理的な規定というべきである。しかも、前記のように五一-一八が所得税法一五条二項の要件を緩和した規定であることに照らすと、あらかじめ税務署長の認定を受けることを要件とし、納税者に多少の手続履践を要求したとしても、納税者に本来要求できない手続を課したものではなく、租税法律主義の原則に反しないというべきである。したがつて、原告が本件係争年において、被告に対し認定の申請をしなかつたことについて当事者間に争いのない本件においては、実質的要件について判断するまでもなく、五一-一八の適用を受けることはできないというべきである。

3  五一-一九、五一-二一(五一-一一(3)(イ)(ロ))について

原告は、事実上唯一の債権者である原告と旭印刷及び橋本印刷との間に、債権の事実上のたな上げ、年賦償還の合意があつた旨主張するけれども、原告主張の右事由は、五一-一九、五一-二一(五一-一一(3)(イ)(ロ))の定める納税者の恣意的必要経費算入の行われる余地が少ない破産の宣告等の事由に該当せず(原告主張の事由によつて債権償却特別勘定を設定するには、債権償却特別勘定の一般規定たる五一-一八の適用を求めるべきである。)、他に五一-一九、五一-二一(五一-一一(3)(イ)(ロ))に該当する事由が発生していないことについて当事者間に争いがないから、五一-一九、五一-二一の適用も受けられないというべきである。

4  したがつて、昭和四七年分ないし昭和四九年分の事業所得の計算上、右各年分の債権償却特別勘定繰入額をいずれも〇とし、これに伴つて昭和四八、四九年分の債権償却特別勘定繰戻額を〇とした本件各更正処分に違法はない。

三  よつて、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 井深泰夫 市川正巳)

別表1ないし5、別紙<省略>

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